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2015年06月09日

講演会(陸前高田被災地語り部くぎこ屋:釘子様)大地震が襲来、生き延びるためにやること

2015年06月09日

講演会(陸前高田被災地語り部くぎこ屋:釘子様)大地震が襲来、生き延びるためにやること

「大地震が襲来、生き延びるためにやること」

 6月9日、TKP東京駅八重洲カンファレンスセンターにて、一般社団法人「陸前高田被災地語り部くぎこ屋」代表釘子明様に「大地震が襲来、生き延びるためにやること」というご講演をいただきました。
 体験した方にしか語れない現実の話には迫力がありました。 その一部をご紹介すると

  1. 地震が発生したので、チリ地震の津波を思い出し避難を始めたとき、周りの人は「怖がりだね」と笑っていた。しかしその後に来たものは・・・・
  2. 海辺から2.5キロも離れた海抜17mの高さにあった大石公民館。
    ここなら大丈夫と避難所になっていたが、津波の後は・・・・   写真が語る現実に言葉を失います。
  3. 陸前高田第一中学校に避難された釘子様達は、協力し合って避難所を立ち上げます。行政が、誰かがやってくれるだろうと待っているのではなく、まず自分が動くことの大切さが伝わりました。
  4. 震災と津波で多くのものを失い、この先もどうなるかわからない・・・・こうした異常な状態では、生き残った人も、いつどのような精神状態 になるかわからない。パニックを予防する体制、女性や子どもといった弱者が被害に会わないための対策、更には盗難被害を防ぐために何をしたか・・・・
    津波直後の混乱した状態の中、経験したこともなく、参考にすべきマニュアルも何もない状態から、どうしてここまで運営できたのだろうかと頭が下がりました。
  5. 着の身着のままで避難してきた経験からわかる、避難袋に何を入れておくべきか。食用油やラップの意外な活用法には、「なるほど!」と思わされました。そして一番必要なものは「現金」。日本の行政から義捐金が手渡されたのは6月になってからですが、もっと早く当座の現金が、10万円程度でも届けばもっとありがたかった。という言葉には実感がこもっていました。
  6. 励ましの手紙、プレゼント、慰問・・・避難所生活では、これらがどれほど心の支えになったか。又、ボランティアの方と協力して「復興の湯」、七夕祭り、ジャズコンサート、クリスマスなどのイベントを企画されましたが、それらが被災された方にどれほど大きな楽しみと希望を与えたのか、あらためて気づかされました。
  7. そして陸前高田がどういう町だったのか。「東北の湘南」と呼ばれた松林のある海岸の賑わい。国道沿いの商店街、緑と調和した住宅・・・・
    釘子様が明るい声で語られるが故に、もう2度と戻ることのない失われた日常への悲しみが感じられました。

そして最後に釘子様から出された質問

  • 皆さんは自分の地域の避難所に実際に行ったことはありますか?
  • その避難所は本当に、安全ですか? 講演会の参加者で、すべてに「はい」と答えられた方はいらっしゃいませんでした。

 陸前高田の被災者の方達は、以前から顔見知りで何をやっている人かを知っているつながりがありました。もし大都市で同様に被災者になったとしたら、同じアパートやマンションに住んでいても、挨拶もろくにしたことがないという状態で、釘子様達のように協力し合って生活できるのだろうか、と不安に思ってしまいました。

釘子 明様のホームページです。 
http://www.kataribe-kugikoya.com/kugikoya.html

講演会「陸前高田被災地語り部くぎこ屋」(代表:釘子様)